初心者から学べる分子栄養学アドバイザー養成講座

皆さんこんにちは。
分子栄養学アドバイザーの 安川有香 です。
夫と、23歳・21歳の息子がいます。
今回は、私自身が心身の不調を経験し、分子栄養学に出会ってどのように変わってきたのか、
そして、オーソモレキュラーアカデミーで学ぶことを選んで良かったことについて、お話しします。
もともと健康情報が好きだった私は、「体に悪いことはしない」し、
「体にいい」と言われることをよく試していました。
そして、痩せ願望がありました。
「ご飯は太る」と聞いて、長年お茶碗半分
油物は極力控える。
腸活と言えば、ヨーグルト。
たばこは吸わず、アルコールも飲まない。
塩分にも気をつけ、カップラーメンは食べない。
できるだけ健康的な生活をしているつもりでした。
その一方で、甘いものへの強い欲求には抗えず、ごほうびだと思う反面、食べた後には罪悪感。
今振り返ると、「本当に健康的だったのだろうか」と突っ込みたくなります。
腸活している“つもり”なのに便秘は改善せず、体重も減らない。
「なんで? 何が足りないの?」
そんな中、空腹時間を長くするといいと聞き、朝食を抜く、いわゆるプチ断食を試しました。
けれど、フラフラして力が入らず、頭が回らない、イライラする。
理由もなく不安や焦燥感が強くなっていきました。

楽しめていたはずのものが楽しめない
ある日、頭の中で
「(推しの)○○まで、私を追い詰めるの?」
という声が聞こえました。
それまで楽しめていたはずのものが楽しめない。
「何かがおかしい」そう感じ始めました。
別の日には、本を読もうとしても、字は見えるのに内容が頭に入らない。
「疲れているだけ」と気づかないふりをしていましたが、
やはり、何かがおかしい。
そして、午前中に健康診断を受け、午後に出勤した私は、
「消えたい…」と口にしてしまいます。
まさに、うつ状態でした。
その後、休職し、しばらくほぼ寝たきりの生活に。
仕事も家事も、自分のことすらまともにできない。
当時、高校生だった二人の息子と夫に心配と負担をかけてしまっていることが、
辛く、情けなく、申し訳なく感じていました。
将来への漠然とした不安ばかりが膨らみます。
眠れない。起き上がれない。
理由もなく涙が出る。
食欲がなく、何を食べてもおいしくない。
入浴でさえ、重労働でした。
次男には、部活の予定を何度も聞いていました。
「今週の土日は?」そう聞くと、呆れ顔の次男。
カレンダーを見ると予定が書き込まれていて、
「書いてくれてたん?」と聞くと、「書いてないよ」と。
何度も同じことを聞くので、実は私自身が書いていたようなのですが、その記憶がまったくありません。
次男が、「もー、認知症のおばあちゃんと話してるみたい」と言い、
当時、介護福祉士としてデイサービスで働いていた私は、
若年性アルツハイマーになったのではないかと思うほど、
記憶力が低下していてショックを受けた。そんなこともありました。


たくさんあった不調のサイン
振り返ってみると、うつ状態になる前から、不調のサインはたくさんあったのです。
夜中に目が覚めて眠れない。朝起きられない。
強い疲労感、頭痛、便秘、生理痛、PMS、月経量の多さ。
ニキビや原因のわからない湿疹、冷え、やや高めの血圧。
イライラ、不安、落ち込みなどのメンタル不調。
甘いもの、特にチョコレートへの強い欲求。
けれど当時の私は、それを“不調”だとは思っていませんでした。
「体質」「性格の問題」「気合いや根性が足りない」
そうやって自分を責め、時には周囲のせいにもしていました。
それでなくても少ない食事量(当時はそう思っていなかった)なのに、
食べ盛りの息子たちに「ママはいいからこれも食べて」と
おかずを分けたりしていたのも、栄養不足の原因になっていたと思います。
我が子のためにとやっていたことが、結果的に不調の原因のひとつになってしまっていたとは。
不調だらけの心身に、とどめを刺したのが健康診断でした。
(健康診断を否定するものではありません)
後になって分かったのは、欠食によるエネルギー不足、栄養不足。
それまでやってみたプチ断食も、
すでに弱っていた体には危険な行為だったのだと、今なら分かります。
回復の過程で、私は強く思いました。
「なぜ、こんな状態になってしまったのか」
「もう二度と、同じ思いはしたくない」
栄養不足がメンタルにも影響することを知り、プロテインや多くのサプリメントを
取り入れた時期もありました。
(その一方で、お昼ご飯は面倒くさくて納豆とご飯だけ、
そしてお菓子を食べるなど、適当なことをしてしまっていて、突っ込みどころ満載です。)
一時は「これで安心」と思えたものの、しばらくすると、また心身に違和感が出てきます。
正しいことをしているはず(?)なのに、なぜ良くならないのか。
何もかもが空回りしているような感覚でした。



